大和の冒険 第二十九話 飛騨の異郷

【今昔物語集外伝 大和の冒険 第二十九話 飛騨の異郷】をYouTubeにアップしました。

YouTubeへアップしている内容は、YouTubeのガイドラインに沿った作風にするため若干表面を和らげています。

原作は動画の下に公開しておりますのでどうぞご覧ください。

また、紙芝居の舞台イベントなども受け付けています。一人でも多くの方に今昔物語を知って頂けたら幸いです。

第二十九話 飛騨の異郷 原作

今昔物語集外伝 大和の冒険

今は昔。

旅の修行僧の理順は少年大和を連れて仏教修行の旅を続けていました。

「どうも道に迷ってしまったね」

途方に暮れたそのとき、突然理順の姿が見えなくなり、ワーッと叫び声を残して彼は尾根道から谷間の方へころがり落ちて行きます。大和はベルトの中の秘密兵器のリンボーを押さえて

「行くぞ!」

 と念じてから理順が落ちた後を滑り降りて行きました。

ゴーッと音が見ると高い岸壁から大きな滝が落ちて登っていけそうもありません。

 すると、どこから現れたのか一人の荷物を背負った男がやってきました。

「ああ、人が来た、道を尋ねよう。この谷から抜け出す道はどこですか」

男はなにも答えずに滝のところまで進むと、いきなり滝の中に踊りこんでしまったのです。

「あれは鬼だったのかもしれない。鬼に食われる前に、いっそこの滝の中に入って死んでしまおう、南無」

と叫んで滝の中におどり込んだのです。すかさず大和もおどり込みました。

ところが二人は滝には落ちないで滝の裏側にある岩盤の上に転がっていたのです。その奥にはトンネルのように道が続いていて、さっきの荷物を背負った男が先を歩いて行くではありませんか。

後をついて行ってトンネルを出ると、眼前に大きな人里の景色が広がりました。

「滝の場所からそんなに離れていないのに、こんな村があったのか!びっくりしたなあ」

二人は人家のある方へと歩いていきました。

すると、さっきの男が髭の男を連れて走ってきました。その髭男はいきなり理順の腕を(つか)んで、

「わたしの家に、さあおいで下され」

と、すると、あちこちの家から人が現れて争って引っ張って行こうとするのです。

「よくおいでなされた。さあわたしの家に来てください」

「これでは決まらないので郡司様に決めていただこう」

「一体どうした」

「この人たちは、わたしが日本の国からお連れして、こちらの方にさし上げたのです」

「そうか、それならば彼が貰うものじゃ」

髭の男に連れて行かれた家では、山盛りのご馳走が並べられました。理順がこれを食べようとしないので、

「どうして召し上がらないのですか」

「私は仏弟子なので、鳥や魚を頂いたことがございません」

「なるほど、日本の仏教では、魚や鳥は禁じられています。しかし、ここへきてこれを食べないわけにはいきませんぞ。あなたはもう何処へも行ける道は無いのですから」

二人は食べないと殺されそうな気がして、出されたものを全部平らげてしまいました。

髭の主人はきれいな娘を連れてきて、

「さあ、これが今日からあなたの妻です。どうか大切に可愛がってください」

「ええっ!食事だけでも大きな罪なのに結婚とはとんでもない。しかし美しい姫だなあ」

その夜からの理順はすっかり人が変わって、娘と結婚してしまいました。

それからは着たいものや食べたい物をどんどん与えられて幸せいっぱいです。髪が伸びたので結い上げて烏帽子を付けると実に立派な婿殿になりました。

一方、大和が思うには

(あの清々しい仏教一筋だった僧の理順が、こうも百八十度変わるのは、きっと村の魔法に掛けられたのかもしれない)

大和が村の中を歩いていると、いつも数人の人がじっと見つめているので気味が悪いのです。自分を欲しがっているように感じるのです。

ある日、家にお客が来て主人と話しているのを、たまたま通りかかった理順が聞きました。

「いいあんばいに、思いがけない人を手に入れられて、本当に良かったですね」

「ああ、その通りでございます。この人を手に入れなかったならば今頃どんな気持ちだったかですよ」

「私の所は来年ですが、こちらでは、子供も一人養っていらっしゃいますが、来年の今頃にぜひとも私どもに回して下され」

「ああ、それも考えておきましょう」

理順は自分の身の上に嫌なことが起こりそうな予感がしました。

そのうえなぜか最近は妻がよく泣くのです。

「どうして泣くのですか。私たちの間は何も隠し事はないはずじゃないか。さあ、言いなさい」

「この国には大変恐ろしいことがあるのです。霊験あらたかな神様がいらっしゃるのですが、年に一度生贄を差し上げるのです。今年はこの家の番なので、手に入れた貴方を捧げるのです。でも私は、こんなに好きになってしまったので私が生贄になろうと思っています」

「何だ、そんなことか、大丈夫だよ。それにしてもどんな神様なの?」

「お祭りの後で、お猿の形の神様が現れて料理をして召し上がるのです」

「そうか、よし私によくきたえた刀を探してくれ」

妻が用意した刀を理順はよく研ぎすました。そして、大和を呼んで何か頼みごとをしたのです。

いよいよその日、理順は森の神社に連れていかれました。

大勢の村人が歌ったり踊ったり大騒ぎです。

その後で男を裸にして大きなまな板の上に寝かせて、

「ぜったいにうごいてはならぬぞ」

人々は帰ってしまいました。

夕暮れ時、その辺に冷たく恐ろしげな空気が流れるころ、一の祠の扉がギギーッと開きました。中から人間ほどの大きさの猿が出て来たのです。次々と他の祠の扉も開き猿が出て来てずらりと並んで座りました。最後に、祠の(すだれ)の中からもっとも大きな猿が現れました。

猿が刀を取って料理にかかろうとした途端、理順は股下に隠していた刀で一気に大将に切りかかりました!仰向けに倒れたところを踏みつけて首元に刀の切っ先を付けて、

「おのれは神か!」

大猿は手をすり合わせて拝みます。

その時、玉垣のあちこちから火の手が上がり、炎は男の顔を鬼の形相のように照らしあげました。大和が隠しておいた燃えやすい(まき)に火をつけたのです。

「おのれは猿だったのだな!神など言って毎年人を食うなんてとんでもない奴だ」

生贄の理順が、髪を振り乱し、四匹の猿を追い立てながら里へ下りてきました。

舅の家について、

「門を開けろ!」

足で門の戸をどんどんと蹴飛ばしています。

妻は、恐ろしくも嬉しくて、そっと門を細目にあけました。

あり「着物を持って来てくれ」

「ああ、あなた、今すぐお持ちします」

衣装を着て、弓矢を身に着けてから猿に向かって、

「おのれらは長年神と言う嘘を名乗って、年に一度人間を食い殺したな!やい、悔い改めろ!」

そう言ってビシッと背中を打ちました。猿は痛さに飛び上り、

「キーっ!キーッ!」

鳴きさけびます。丁度二十回力任せに叩かれて山の方へ追いやられました。それから猿は二度と人里には現れなかったのです。

村人たちは恐れ入って、今後は長者となって村を束ねてもらいたいと進言しました。

その夜、大和は寝ている時に何かの気配で目が覚めました。家の裏手の小さな滝の所に行ってみると、滝に打たれている人がいます。

「仏様、わたしははからずもこういう異郷にたどり着きました。今、俗人になってしまったことを、心からお詫び申し上げます。お許し願えればこの滝の脇にお堂を立てて観音様をお祀りさせてください。そして村人をお救い下さいますようにおねがいいたします。」

大和はこれを聞いて、仏道をはずれた理順がそれでも仏道を信じて、この地に観音様をお祀りしたい願う心に打たれました。

理順は滝から上がって大和に気が付き、

「お前か…こういういきさつになってしまったが、お前には日本の国へ行く抜け道を教えよう。そこからは、お前の事だからきっと新しい道を切り開いていくだろう」

二人は人知れず山際の大きな栢の木がそびえているところに出ました。その巨木には人一人は入れるかどうかの洞穴がありました。

「この洞穴の向うには日本の国がある。達者で旅をするように」

 大和が入り込むと急に道は広くなり、前方から涼しい風が吹いてきました。暗いけれど見えないということはありません。洞窟を進んで行くとぽっかりと青空が見えて山の中腹に出ました。振り向くと今まで大和が歩いてきた洞窟は羊歯や笹の葉に覆われて、どこだかわからないのです。

村側からは出て行けても、日本の側からは絶対に入って行けない「飛騨の異郷」を後にして、久しぶりにリンボーを取り出して、空中に飛び立ちました。

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